コラム
醤油が褐色になるまで
小皿にとろりと落とす。赤いような、黒いような、深い褐色。光にかざすと、縁がすっと透ける。
においを嗅ぐ。香ばしいような、ちょっと酸いような、まるい香り。一滴、白い飯に落とす。それだけで、飯がごちそうになる。
大豆と、小麦と、塩。はじめは褐色でもなければ、透き通ってもいない。二年近い静かな時間が、この醤油の一滴をつくる。
麹を仕込む
はじまりは、大豆と小麦。蒸した大豆と、炒って砕いた小麦を、ほぼ同じだけまぜる。そこへ、種麹を加える。数日で、麹ができる。これを、塩水といっしょにタンクへ仕込む。できたものを、諸味(もろみ/醪)という。
あとは、待つ。ときどき、かき混ぜる。半年、一年、長いものは二年。四季の温度にまかせて、ゆっくり寝かせる。人のする仕事は、混ぜること。菌の働きを、じゃませずに支えること。
褐色になるまで
仕込んだばかりの諸味は、まだ淡い。それが、月日とともに色を深めていく。
小さな科学のはなし──色は、どこから来るか
麹菌は、いくつもの酵素をつくる。その酵素が、大豆のタンパク質をアミノ酸へ、小麦のでんぷんを糖へと、ゆっくり切りわけていく。アミノ酸は旨みのもと、糖は甘みのもとだ。さらに、乳酸菌が乳酸をつくり、酵母がアルコールや香りをつくる。旨み、甘み、酸味、香り。それらが、諸味のなかで少しずつ重なっていく。
色は、この間に生まれる。アミノ酸と糖とが、時間をかけて反応しあい、褐色に変わっていく。これを、メイラード反応という。熟成が長いほど、色は濃くなる。褐色は、いわば時間の色だ。そして搾ったあと、澄んだ赤褐色が、光に透ける。濁りのない、その透明さもまた、長い時間がもたらしたものだ。
搾って、火を入れる
熟成を終えた諸味を、布で搾る。とろりとした液が滴る。これを、生(き)醤油という。さらに火を入れると、香りが立ち色が締まる。そして、私たちの知る醤油になる。
昔の人は、アミノ酸の名も、メイラード反応の名も知らない。ただ、諸味を仕込んで、ときどき混ぜ、じっと待った。それが、澄んだ褐色の液になると知っていた。急いでは、よい醤油にならない。四季をひとめぐりさせ、もうひとめぐりさせる。
いまも、大きなタンクのなかで、諸味は静かに色を深めている。
一滴、白い飯に落とす。確かな時間が、そこにある。
参考文献
- 農林水産省「しょうゆの製造法」 https://www.maff.go.jp/j/syouan/seisaku/c_propanol/soysauce.html
- 醤油情報センター「醤油の製法」 https://www.soysauce.or.jp/knowledge/process