Series / 酒の分類学 ・ vol.02
酒の分類学 第二章 ビール② ― IPAとセゾン、「スタイル」という設計図
連載「酒の分類学」について
同じ一本のビールが、酵母で見れば「エール」、原料の比率で見れば「発泡酒」、造り手の設計で見れば「IPA」と呼ばれます。酒の分類は一つではありません。何を基準に線を引くかで、まったく別の説明になります。
この連載では、ビール・日本酒・ワイン・ウイスキー・ジンを順にたどり、酵母、工程、原料、混ぜ方、香りの付け方——それぞれの観点がどこに線を引いているのかを、微生物学と酒税法・EU規則など様々な視点から読み解きます。
IPA、セゾン、スタウト、ヴァイツェン、ゴーゼ。クラフトビールのタップリストは、聞き慣れない単語の一覧のようだ。だがこれらは気取った符牒ではない。一つひとつが、原料・製法・酵母・そして苦味と香りの設計を短い言葉に畳み込んだ、造り手と飲み手のあいだの共通語である。
前章では、ビールの最も大きな二分法が「酵母の種と発酵温度」で引かれていることを見た。本章では、その内側でさらに細かく枝分かれした分類——「スタイル」を扱う。
「スタイル」は法律ではなく、共通語である
前章で見たとおり、日本の酒税法は「ビール」を原料構成で定義するだけで、ラガーとエールすら区別しない。ではIPAやセゾンという名前は、誰が決めているのか。
答えは「誰も法的には決めていない。しかし共有されている」である。
最も広く参照されるのが、ビール審査員資格認定制度(BJCP)が公開する Beer Style Guidelines だ。2021年版では34の大カテゴリの下に多数のスタイルが整理され、それぞれに外観・香り・味・原料の記述と、Vital Statistics と呼ばれる数値範囲が示されている[1]。
数値は四つ(+色度)。慣れると、これだけでかなりの情報が読める。
| 指標 | 測っているもの | 読み方 |
|---|---|---|
| OG(初期比重) | 発酵前の麦汁の糖の濃さ | 高いほど原料が濃く、強いビールになりうる |
| FG(終期比重) | 発酵後に残った糖の量 | 低いほどドライ、高いほど甘みとボディが残る |
| ABV | アルコール度数 | OGとFGの差から生じる |
| IBU | 主にイソα酸に由来する苦味 | 高いほど苦い——ただし後述の注意あり |
| SRM | 色の濃さ | 小さいほど淡色、大きいほど黒い |
重要なのは、これが法規ではなく審査用の物差しだということである。コンペティションで同じ土俵に載せるために作られた記述であり、だからスタイルは増え、分岐し、ときに統合される。生きた分類なのだ。
IPA ― ホップを「どこで」入れるか
IPA(India Pale Ale)を定義するのは、原料でも酵母でもなくホップの使い方である。BJCP 2021のアメリカンIPA(21A)は、IBU 40–70、SRM 6–14、OG 1.056–1.070、FG 1.008–1.014、ABV 5.5–7.5%と規定され、「はっきりとホップが効いて苦い、中程度に強い淡色のアメリカンエール」と説明されている[1]。
では、その苦味と香りはどこから来るのか。ここには二つのまったく違う工程が同居している。
苦味は、煮沸で「作られる」
ホップの樹脂に含まれる**α酸(フムロン類)は、そのままではほとんど苦くない。麦汁の煮沸で加熱されてイソα酸(イソフムロン類)**へ異性化し、はじめてビールの骨格をなす苦味になる。IBUが主に測っているのは、このイソα酸である。
つまり苦味は原料に入っているのではなく、煮沸という工程で作られる。同じホップを同じ量入れても、いつ入れるか(煮沸時間の長さ)で苦味の量はまるで違う。
香りは、低温で「移す」
一方、近年のIPAを特徴づけるドライホッピングは、煮沸ではなく発酵中や熟成中の低温でホップを漬け込む手法である。この温度域ではα酸の熱異性化は起こらない[2]。
狙いは苦味ではなく、精油に含まれるテルペン類を、揮発させずに液へ移すことにある。代表格がリナロールで、閾値27 ppbと報告される花様の香りを持つ[2]。柑橘・トロピカルフルーツ・松脂といったIPAの香りの多くは、この低温抽出で入っている。
では、ドライホップの苦味は何か
ここが面白い。ドライホップしたIPAには、IBUの数字だけでは説明しきれない苦味がある。その一因がフムリノン類——α酸の酸化生成物で、イソα酸のおよそ66%の苦味強度を持つとされる[2]。
| 煮沸ホップ | ドライホップ | |
|---|---|---|
| 投入する場所 | 煮沸釜(高温) | 発酵・熟成タンク(低温) |
| 主に起きる変化 | α酸 → イソα酸への異性化 | 精油成分の溶出(異性化は起きない) |
| 得られるもの | 鋭い苦味(IBUに反映) | 香り+フムリノン等による柔らかい苦味 |
| 香りの残り方 | 加熱で大半が飛ぶ | 低温なので残る |
「IBUはさほど高くないのに香りが爆発している」ヘイジーIPAが成立するのは、この加熱と非加熱の使い分けによる。IPAというスタイル名は、要するにホップをどの温度でどれだけ使ったかの宣言なのである。
セゾン ― もとは農家の酒だった
セゾン(Saison=フランス語で「季節」)は、ベルギー南部の農場で冬に仕込み、夏の農作業の合間に飲まれたとされるファームハウス・エールである。
BJCP 2021のセゾン(25B)は、IBU 20–35、OG 1.048–1.065、FG 1.002–1.008、ABV は標準で5.0–7.0%(テーブル3.5–5.0%、スーパー7.0–9.5%)とされ、「高度に発酵した、ホップの効いたベルギーエール」で「非常にドライな仕上がりと高い炭酸」が特徴と記述されている[1]。
ここで注目すべきは FG 1.002–1.008 という値である。IPAの1.008–1.014と比べて明確に低い。つまりセゾンは「糖をほとんど残さない」ことが定義に組み込まれている。この極端なドライさは、どこから来るのか。
胡椒の香り ― 残された遺伝子
セゾンのスパイシーさの主役は**4-ビニルグアイアコール(4-VG)**などの揮発性フェノールである。麦芽由来のフェルラ酸が、酵母の PAD1/FDC1 遺伝子産物による脱炭酸を受けて生じる[3]。
多くの醸造酵母では、この経路は壊れている。フェノール臭(POF=Phenolic Off-Flavor)は欠陥と見なされ、家畜化の過程で選択的に外されてきたからだ[4]。ところがセゾンやヴァイツェンの酵母は、あえてそれを残している。
同じ化合物が、あるスタイルでは欠点、別のスタイルでは個性になる。分類とは、何を欠点と呼ぶかの合意でもある。
徹底したドライさ ― 千数百塩基の話
セゾンのFGの低さに関わるのが Saccharomyces cerevisiae var. diastaticus である。この系統は STA1 遺伝子がコードする細胞外グルコアミラーゼを分泌する。
通常の醸造酵母はデキストリン(糖が長くつながった残り物)を食べられず、これがビールのボディになる。ところがグルコアミラーゼを外に出せる酵母は、それを分解して食べてしまう。結果、糖が尽きるまで発酵が進む。
近年の研究は、STA1 プロモーター領域における 1162 bp の欠失の有無が、この分解能力の強弱を決めていることを明らかにした[5]。「最後まで発酵しきる」という官能上の印象が、プロモーターの千数百塩基に対応している。
(なお同じ性質は、意図しない場所で起きれば「過発酵によるボトルの破裂」を招く危険因子でもある。醸造現場で diastaticus が警戒されるのはこのためだ。)
二つのスタイルを、並べてみる
| アメリカンIPA(21A) | セゾン(25B) | |
|---|---|---|
| 名前が指しているもの | ホップの投入設計 | 酵母の代謝設計 |
| IBU | 40–70 | 20–35 |
| OG | 1.056–1.070 | 1.048–1.065 |
| FG | 1.008–1.014 | 1.002–1.008 |
| ABV | 5.5–7.5% | 5.0–7.0%(標準) |
| 効いているレバー | 煮沸/ドライホップの使い分け | POF(PAD1/FDC1)と STA1 |
数値の出典はいずれもBJCP 2021年版[1]である。
主要スタイルの定義・特徴・味わい早見表
IPAとセゾン以外にも、クラフトビールの店で頻繁に見かけるスタイルがある。BJCP 2021年版の記述をもとに、代表的な六つを並べておく[1]。
| スタイル(BJCP番号) | 定義の核(何で名前が決まるか) | 特徴(IBU/ABV) | 味わい・香りの傾向 |
|---|---|---|---|
| アメリカン・ペールエール(18B) | アメリカ/ニューワールド系ホップを効かせた淡色エール。IPAより穏やか | IBU 30–50/ABV 4.5–6.2% | 柑橘・松・トロピカルフルーツ系のホップ香。中程度の苦味で、麦芽は支え役。ミディアム〜ドライな後味 |
| アメリカンIPA(21A) | ホップが前面に出た、やや強い淡色エール | IBU 40–70/ABV 5.5–7.5% | ホップ香が中〜非常に高く、苦味も中高〜非常に高い。麦芽の存在感は最小限で、苦味とホップ風味が余韻に残る |
| ヘイジーIPA/NEIPA(21C) | 濁りと後期ホッピングを特徴とするIPA。ドライホップを多用する | IBU 25–60/ABV 6–9% | ストーンフルーツ・トロピカルフルーツ・柑橘の強い果実香。苦味は厚いボディと柔らかい後味に覆われて穏やかに感じられる |
| セゾン(25B) | 高い発酵度とベルギー系酵母の香りを特徴とするファームハウス・エール | IBU 20–35/ABV 5.0–7.0%(標準) | 果実的でスパイシーな酵母由来の香味。糖をほぼ食べきるため非常にドライで、炭酸は高く軽快 |
| ヴァイツェン/ヘーフェヴァイツェン(10A) | 小麦麦芽を用い、酵母由来のエステル・フェノールを積極的に出す小麦のエール | IBU 8–15/ABV 4.3–5.6% | バナナ(エステル)とクローブ(フェノール)が中〜強く、多くはバランスよく共存。苦味はごく低く、小麦の穀物感とともに軽快でドライな後口 |
| アイリッシュ・スタウト(15B) | 焙煎した大麦を用いた黒色のエール | IBU 25–45/ABV 3.8–5% | コーヒー様の香りが主体で、ダークチョコレートやカカオの副次的な香り。焙煎香と中〜高い苦味を持ち、後味はドライ |
スタイルを読む、ということ
数値と特徴の記述はBJCP 2021年版に基づく[1]。表を縦に眺めると、「定義の核」の欄が**ホップ(18B・21A・21C)/酵母(25B・10A)/麦芽(15B)**の三つに分かれていることが見えてくる。スタイル名が指しているレバーは、一つではないのである。
IPAとセゾンを並べると、「スタイル」という言葉が何を指しているかが見えてくる。IPAは工程設計で、セゾンは生物設計で名前が決まっている。片方は釜と時間の話、もう片方は遺伝子の話だ。それでも同じ「スタイル」という語で呼ばれる。
だからスタイル名は、統一された分類学ではない。造り手が「どのレバーを引いたか」を宣言するための見出しである。
「IPAは苦い」「セゾンは辛口」と暗記する必要はない。むしろ、そのスタイル名が何を約束していて何を約束していないかを知るほうが役に立つ。IPAという名前は苦味と香りの設計を約束するが、麦芽の産地は何も約束しない。セゾンは高い発酵度を約束するが、スパイスを実際に入れたかどうかは約束しない。
本章のまとめ
- ビアスタイルは法規ではなく、審査と会話のための共通語である(BJCP 2021が最も広く参照される)
- IPAの苦味は煮沸で作られ、香りは低温のドライホップで移される。別工程なのでIBUと香りは連動しない
- セゾンのスパイシーさは、多くの酵母が失った PAD1/FDC1 経路を残していることに由来する
- セゾンの極端なドライさは STA1 グルコアミラーゼによるデキストリン分解に関わる
- スタイル名は「造り手がどのレバーを引いたか」の宣言として読むとよい
次章からは、舞台を日本酒に移す。そこでは分類の軸が「原料をどれだけ削ったか」という、まったく別のところに置かれている。
参考文献
本文中の番号[1]〜[5]は、以下の資料に対応する。
- Beer Judge Certification Program. 2021 BJCP Beer Style Guidelines. 2021. https://www.bjcp.org/style/2021/beer/(スタイル分類体系。21A American IPA と 25B Saison の Vital Statistics を含む。法規ではなく審査用ガイドライン)
- Rutnik K, Ocvirk M, Košir IJ. Impact of Hop Freshness on Dry Hopped Beer Quality. Foods. 2022;11(9):1310. doi:10.3390/foods11091310(ドライホッピングでは熱異性化が起きないこと、リナロールの閾値27 ppb、フムリノンの苦味強度)
- Selection of Pof⁻ Saccharomyces eubayanus Variants for the Construction of S. cerevisiae × S. eubayanus Hybrids With Reduced 4-Vinyl Guaiacol Formation. Frontiers in Microbiology. 2018;9:1640. doi:10.3389/fmicb.2018.01640(PAD1/FDC1 による4-VG生成)
- Gallone B, Steensels J, Prahl T, ほか. Domestication and Divergence of Saccharomyces cerevisiae Beer Yeasts. Cell. 2016;166(6):1397–1410. doi:10.1016/j.cell.2016.02.020(香気生成形質への産業特異的選択)
- Krogerus K, Magalhães F, Kuivanen J, Gibson B. A deletion in the STA1 promoter determines maltotriose and starch utilization in STA1+ Saccharomyces cerevisiae strains. Applied Microbiology and Biotechnology. 2019;103(18):7597–7615. https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC6719335/(STA1プロモーターの1162 bp欠失と発酵度)
※注意点:本章は醸造の科学的機構と分類の成り立ちを記述するものであり、飲酒を推奨するものではない。アルコールの摂取には健康上のリスクが伴い、20歳未満の飲酒は法律で禁じられている。ビアスタイルの定義は団体・版によって差があり、本文の数値はすべてBJCP 2021年版に基づく。実際の商品がガイドラインの範囲に収まっているとは限らない。
Writer
MIZ(みづ)|発酵食品ソムリエ・食エッセイスト
発酵文化推進機構「発酵の学校」第9期修了。大学では生命化学を専攻し、発酵食品の歴史や文化を「なぜおいしいのか」という科学の視点からひもときます。各地の発酵食品や珍味をめぐる旅の記録も。醸誌では、麹・味噌・醤油など身近な発酵食品の物語をお届けしています。
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